インパクトマネジメント手法とは
インパクト評価をはじめとするインパクトマネジメントのフレームワークや手法については、ロジックモデルやTheory of Change、Impact Weighted Accounts(IWA)などいくつかの手法が提言されつつあり、徐々に導入実例が出てくるなど浸透が進みつつある一方で、実務的な活用状況については手探りのものも多い状況です。一方で、こうした手法に関しては、遡れば1970年代より追加性の貨幣価値換算手法としての検討に端を発する非常に歴史の長いものです。
本シリーズでは、それら各手法について歴史的な系譜を紐解きつつ、どういった思想に基づき、何を目的として、どこに重きを置いた評価・マネジメント手法であるかを整理します。同時に、現状の企業経営・投資活動におけるインパクト活用における課題をあぶり出し、それらが各手法のどういった長所・短所に対応するかを、実務的な観点に照らして考察します。
インパクトマネジメント拡大期
フルコスト会計や費用便益分析、またロジックモデルやTheory of Change(ToC)などの初期の手法が実践される中で、それら初期の取組や研究をベースとして、より個別の論点に関しても一定の整理や体系化がなされた評価体系やフレームワークが提唱されている。具体的には、フルコスト会計などが発展したSROIなどである。これらは、当初のインパクトの可視化・定量化という一義的な目的だけではなく、それらを管理する中でどのように事業活動や経営活動を高度化するか、という管理手法的な側面を持ち合わせていたり(財務会計と管理会計の関係性と類似)、網羅性担保のための標準形を用意していたりする点が特徴である。
社会的投資収益率(Social Return on Investment, SROI)
概要
SROIは、特定の社会的なプロジェクトや取組が社会的価値をどれだけ創出しているかを定量的に評価することを目的としたフレームワークであり、経済的な観点から社会的な効果を評価することで、投資の効果や結果をより明確に示すことを企図している。したがって、基本的な考え方に関しては、フルコスト会計や後述するインパクト会計と狙いを一にするものである。SROIは以下の7つの原則を順守することがうたわれている。
- ステークホルダーの関与:スコープの決定、アウトカムの特定、財務プロキシの決定等の主要なプロセスにステークホルダーが関与すること
- 変化に対しての理解:評価の対象となるアウトカム(社会的変化)を肯定的・否定的なものを含め、エビデンスを以って認識する
- 重要な物事を価値づける:評価の対象となるアウトカムに対して重要性の評価を行い、重要なもののみを評価の対象とする
- 重要な物事のみを評価の対象とする:重要だとされたアウトカムが、関連性と重要性の観点から、マテリアリティがあるかどうかを検討する
- 過剰な主張をしない:過大にアウトカムを計上するのを回避する
- 透明性の担保:データの証憑について、その出典や根拠を明らかにする
- 結果の検証:評価結果について、ステークホルダーにフィードバックを行い、妥当性の検証を行う
SROIは、方法論としての観点でいうと、詳細な計算方法や類型を提供するというよりは会計的な観点からその原則を定めるものといえる が、特徴的なのはステークホルダーによる参加型評価の形式をとっている点である。また、そのような特徴について活用方法の観点から解釈すると、それまでのフルコスト会計やCBAなどは外部の専門家を中心に特定の事象に対する事後評価や将来的な計画の評価に対する適用が中心的であった一方で、管理手法的な側面を持ち始めたのがこのSROIであるといえる 。
詳細資料・文献など
インパクト会計
概要
インパクト会計は、企業が創出するインパクトを一定基準のもとで経済価値評価し、既存の財務会計と創出するポジティブ・ネガティブインパクトを統合的に管理するフレームワークである。過去来、企業・事業活動による追加性を定量化し、その財務的価値を付加(或いは控除)するフレームワークは検討されてきたが、直近特に同領域をリードしている取組としては、ハーバードビジネススクールが主体となった「インパクト加重会計(Impact Weighted Accounts、以下IWA)」や欧州企業が中心に取組を進めている「Value Balancing Alliance(以下、VBA)」が挙げられる。
IWA・VBAは、特定の事業・投資活動が中長期的に社会・環境・経済に与える影響を可視化するフレームワークとしてはロジックモデルと同じであるものの、「会計」と銘打っていることからもインパクトの評価・定量化、さらには経済価値換算に重きが置かれているフレームワークである。例えばIWAでは大きく「雇用」・「製品・サービス」・「環境」の3つのフレームワークから構成されており、「製品・サービス」のフレームワークは、特定の製品・サービスを起点としてどういった観点でインパクトを創出しうるかの類型と各類型に応じた経済価値換算のための計算フォーミュラを提供しており、計算された結果をネットした金額を創出(損失)インパクトとして計上するものである。具体的には、追加性に関して以下のような評価視点と、それぞれにおける定量評価のフレームワークを提供している。
- 当該製品・サービスにより課題解決のためのソリューションに対して、取組を通じた質的向上があったか(Quality)
- アクセス(リーチ)向上に寄与したか(Accessibility)
- 消費者や関係者にとっての選択肢を増やしているか(Optionality)
- 使用中・使用後の過程における効率性や環境影響(使用エネルギー、廃棄物・リサイクルの可能性)など
旧来のような事業活動の(”Operational”な)評価のためのフレームワークではなく、製品・サービスに対しての網羅的・汎用的な評価体系は本手法が初めてのものであるとしている。最終的な指標が定量的な経済価値であることから、シンプルで分かりやすい指針を提供するという点が特徴であり、企業間での横比較や経年でのトレンド評価、加えて性質の異なる課題間(例えば、後段で示すような医療と女性活躍、など)での比較、さらには、収益や営業利益、EBITDAなどの財務情報も交えた比較が可能であり、結果として統一的な指標としての活用可能性が高い点が特長である。
一方で”First-Order”(最初に効果をもたらすインパクトが対象である、の意)を前提の一つとして置いており、その波及的な効果や高次元の影響については対象外としている。結果として、インパクト創出のプロセスや全体構造はインパクト評価・定量化時のフォーミュラを読み解くことによって初めて理解可能であるため、先述のようなロジックモデルのように取組やインパクト創出の全体構造を短時間・低コストで理解するのは難しいという側面もある。
詳細資料・文献など
Impact Accounting for Product Use: A Framework and Industry-specific Models(Harvard Business School)
Value Balancing Alliance Official Web Site
アウトカム・マッピング(Outcome Mapping)
概要
主にインパクト創出に携わる者が活用されることを念頭に設計されたフレームワークで、自組織や団体の取組のビジョンや目的、創出しうるアウトカム(インパクト)、それを計測するためのKPIやそのデータ取得のための方法論の選定などの一連の計画プロセスに加え、実際にそれらを実践しつつその進捗状況を踏まえてどのような改善サイクルを回していくべきかについて定義をしている。すなわち、評価や定量化の方法論そのものというよりも、事業や組織活動へのインパクト評価プロセスの取り込み方、定着のさせ方に重心を置いたフレームワーク、方法論であるといえる。
同手法はインパクトマネジメント手法の一つとして整理されることもしばしばあるものの、現状のインパクトマネジメント実務において活用されている例はそこまで多くはない。
詳細資料・文献など
インパクトマネジメント手法全体から見た位置付け
これらの手法は先述のとおり手法のコンセプトレベルでは黎明期のフルコスト会計(定量化手法)やロジックモデル(可視化手法)と基本的には実現しようとしていることに変わりはないが、より企業などの組織において体系的にインパクトマネジメントが実践されることを念頭に、管理手法としての高度化や網羅性・汎用性の担保を企図した具体化が結実したものである。
A.インパクトの定量的評価を行うことにより、会計的取扱や定量的な横比較の可能性を企図 | B.社会的価値が創出される経路やその波及効果について関係性を可視化 | C.社会価値創出に関する実績評価に加え、そのプロセスや意思決定を管理・高度化 | D.社会的価値が創出される領域やその類型に関して網羅性・汎用性を担保 | |
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フルコスト会計 | ● | |||
費用便益分析 | ● | |||
ロジックモデル | ● | ●(広義の場合) | ||
Theory of Change | ● | ● | ||
Social Return of Investment | ● | ● | ||
インパクト加重会計 | ● | ● | ||
アウトカム・マッピング | ● | |||
5 Dimensions of Impact | ● | |||
インパクトレーダー | ● |
実際にはこれらの手法も完成形ではなく、今後更なるインパクトマネジメントの活用が進み各種プラクティスが蓄積される中でより実態に即した形で発展を遂げていくものであろう。裏を返せば、現状のこれらの手法は過去のプラクティスをベースに足元想定されうるユースケースに耐えうるものとして設計されたものであるが、まだまだ多くのユースケースやマネジメントスタイルが模索されている同領域においては、丸切りそのまま活用することが難しいケースも想定しうる。
例えば、紹介したインパクト加重会計(HBS)では、前述のProduct &ServiceのよりSpecificな活用法として各主要産業ごとのインパクトフォーミュラを提供している。とはいえ、産業レベルの観点でもカバーされない業界・業種があったり、また実際の内容も事業内容や事業地域によっては過不足が存在するなど、活用主体によっては活用が難しい側面も存在する(※これらの言及はIWAの品質を問うものではなく、IWAというプロジェクト自体も鋭意進化していることを述べたい趣旨である)。
したがって、これらの手法を活用する際には基本的な概念と前提を改めて確認し、自社事業や取組における相違点を十分に考慮した上で、実態に即した適用方法を検討する必要がある点に留意が必要である。同時に、それらを独自のものとして定義するのではなく、どう言った根拠や背景に基づき原フレームワークに改変やカスタマイズを加えているかを、解釈やスタンスとともに併せて明示していくことも、ステークホルダーの正しい理解の促進、加えてフレームワークそのものの今後の発展という観点においても重要なポイントとなるであろう。
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